
講座づくりのサポートをしておりますトビタマミです!
今日はとくに、生活関連のワークショップやセッションをやってる方に
読んでいただけると嬉しいです。
講座を作ります!と自分の仕事について説明すると、
セッションとか、ワークショップやってる方から
「私のは講座ではないんだけど…」
と前置きされることがあり、
講座ってすごい固く見られるんだなと発見しました。
私はもともと家庭科の先生なので
教科書通りとは限らず(試験科目ではない理由で)
わりと自由な授業をやっていました。
自由だからこそ、設計が必要だと、
その経験から痛感しています。
設計がない時間は、
「なんか、楽しかったね」で終わってしまうから。
特に、生活系の話題は、
豊かだとか、素敵だという締めで終わってしまうと
生徒は、その日の「ほっこりした気持ち」しか持ち帰れないんです。
それってすごく勿体無いと思う。
講師側の願いが、内容をぼんやりさせる
でもなんでそんなことが起こってしまうのか、
と考えると、
その裏には
「生活に関する価値を、私が結論づけてはいけない」
「その人なりの気づきがあって欲しい」
「自由な発想を膨らませて欲しい」
講師側の、こういう願いがあったりします。
とっっっっても、分かります。
私も家庭科の教員時代に、
「こんな大きなテーマに対して、私が結論づけてしまう意味って…」
「あんまり私の個人の考えを言ったら、生徒の考えに影響しちゃうかも…」
「生徒一人一人に合ったカタチがいいのに…」
と色々悩みました。
でも、そんな時に、
私が生徒だった頃のことを思い出すんです。
楽しい授業は、大体「楽しい」しか残らない
一方、生徒であった時代、
こうも思ってました。
「…それで今日の授業って、何を受け取ったらよかったんだろう?」
図書室での調べ学習、グループでの課題学習や発表、家庭科の調理実習、生活科の課外学習、理科の自由研究、、、、
私はこういう自由度の高い授業のなかで、
「…で、何をおさえたらよかったんだろう」
「何に向かったら良かったんだろう」と
思うことがよくあったんです。
楽しいんですよ。
楽しいけど、ぼんやりしてる。
でも楽しかったから、それで良かったよね、
みたいになりがち。
本当にそれで良いかな?
少なくとも私は、生徒として、それでいいとは思ってなかったです。
だから、自由度の高いワーク、
発想を膨らませる系のワークについては
とてもこだわりがあります。
だって、絶対意味がある活動だから。
それを、「なんか、とりあえず面白かった」という感想で終わらせたくないからです。
自由度が高いワークの罠
生活系のワークって、本当に楽しいです!
個人的に大好き。
でも、「楽しかった」「良かった」となるからこそ、
無いものに気づきにくいんです。
【自由度が高い活動で、忘れられがちなこと】
・〇〇の視点で考えてください
・〇〇に向けて考えてください
・〇〇分でこのワークをやります
・〇〇の点で評価します
ただ、ワークを好きにさせるのではなく、
こういった踏むべきポイントを一つあげることで、
展開が変わります。
自由度が高いワークは、全てが自由だとぼんやりします。
だから、芯をつけてあげます。
芯とはこういうことです。
・共通のゴール
・共通の通過点
・共通の視点での振り返り
・共通の評価項目
何か一つ、みんなで共有するポイントを作る。
例を出します!
ワーク:
家族の家の間取りを考えよう
家具を書き足して色を塗ろう
…考えただけで楽しいです。
そしてもう、着地のさせにくさ、満々です。
これがとても自由度が高い状態。
どこまでもイメージや創造性が膨らんで
「あ、良いですね」「あなたのもいいですね」「楽しかったね!」と
なりそうな予感です。
ここに芯を投入します。
家族は、あなたとパートナー、子どもが男女2人います。
芯を投入すると、自由度の幅は狭まります。
でも、
「比較」することができるようになる分、
発見が増えます。
「え、私は夫婦の部屋は一つだけど、君は別々に作ったんだね」
「わぁ、女の子の部屋はこんな工夫をしたんだ?思いつかなかった!」
「え、4人家族ってこんな生活なの?イメージさえ出来てなかったな…」
自由に好きを追求したワークでは、自分を見つめることはできるかもしれませんが、
自分の頭の中しか使えません。
芯を取り入れることで、
基準ができて、
同じワークをしている人たちの考えを自分の発想と比較して「気づく」ことができる。
芯は時に、気づいて欲しいポイントでもあります。
あなたのパートナーは車椅子に乗っています。
こんな芯を投入したら、
みんな一気にバリアフリーを考え始めるでしょう。
つまり、「今日は生活の中のバリアフリーという視点で考えて欲しいんだよ」という意図にもなります。
ワークが終わった時
「理想の生活の家を考えてなんか楽しかった!」
となるのか、
「今日はバリアフリーという視点で家を考えた。」と認識できた方が良いのか。
私だったら後者が良いな…
そんな思いで自由度の高いワークの設計をしています。
設計は、自由度を妨げない
芯を投入することで、自由度の幅は変わるのですが、
実は「深さ」をつくることができます。
作業を広くすると、時間的にも
考えることの多さゆえにも
浅くなりがちです。
あえてやること、考える視点を
狭めることで
ピンポイントで考える環境をつくる。
結果、その点について、みんなが自分なりに深く考えることになります。
時間と思考をそこにかけられる、という感じです。
きっと、講師の方、ワークを主催する方は、
感じて欲しいことがあって
企画されると思います。
そのことを浅くやってもらうより
できればひとつ、
少しだけ深く、
少しだけ気づいて、
欲しいのではないかな。
そのヒントが、
芯にあります。
…
生活に思いを馳せるワークを開催されている方へ
記事を読んでみて
✔︎ ワークをわってみたが、これで良いのかぼんやり心配している
✔︎ ワークの反応はいいが、問い合わせには繋がらない
✔︎ ワークを良くしたいが、具体的な手立てがない
そんなことを考えた方は、
一緒にブラッシュアップしてみませんか?
・芯を取り入れる
・ワークからの、深掘りや着地の仕方
お手伝いできるかもしれません。
逆にこんな方は、私のご相談はおすすめではありません。
・ワークそのものはあるけど、これと言って伝えたいことが決まってない
・とにかく自由に、柔軟にやりたい
気になった方は、ぜひ一度
サポート内容を覗いてみてくださいね。


